ほんとうに久しぶりに文楽を見てきました。

大学3年生の時に日本音楽の課題で見て以来、その魅力にひかれて、20代の頃、国立劇場の文楽公演に年2~3回行っていました。

語りと三味線というシンプルな組み合わせ。その中で、登場人物を語り分け、場面の描写がなされます。その伴奏にのって人形がお芝居をしていきます。

最初に見たのは、「生写朝顔話しょううつしあさがおばなし 宿屋の段」。人形が琴を弾く場面で、本当に弾いているかのような動きに驚きました。まさに生きているかのようでした。

同時に太夫さんの語りと三味線の「場」の作り方に感動したのでした。

今回の演目は鶊山姫捨松ひばりやまひめすてまつ檀浦兜軍記だんのうらかぶとぐんき。私がよく行っていた頃、素晴らしいと思っていた吉田簑助さんという人形遣いが鶊山姫捨松に出演するので、ぜひ見たくて、夜の部にしたのです。


前半の鶊山姫捨松ひばりやまひめすてまつ 中将姫雪責ちゅうじょうひめゆきぜめの段。お話自体は、継母が継子である中将姫を雪の中で責める場面に多くの時間が割かれる話です。

最後に父親が本心を語り、娘との別れを惜しむ場面。雪がはらはらと降るなか、お付きの女性二人と姫、父親の姿が、1つの絵のようになっていて、様式美を感じました。

期待通り、吉田簑助さんの中将姫の美しいこと。ほんの少しの心の動きが、人形の身体の動きに表れ、心から「来てよかった!」と思いました。

後半の檀浦兜軍記。こちらは、鎌倉時代初めという設定で、畠山重忠が、平家方の平景清の居場所を阿古屋という女性に聞くという話です。

知らないと言う阿古屋に琴、三味線、鼓弓を弾かせ、その音色から畠山重忠が阿古屋が本当に知らないことを聞き分けるという筋です。

こちらは、語りの太夫さんが5人並びます。役ごとに違う人が語るのです。

最初、三味線の人の右側が空いていて、どうしたのだろうと思っていたら、途中から、もう二人、出てきました。一人は三味線、もう一人は琴を用意しています。

次の三味線の時には、さっき琴を弾いていた人が今度は三味線を弾き、胡弓の時は胡弓を弾いています。後でプログラムを見直したら、三曲となっていて、鶴澤貫太郎さんという方でした。

文楽の三味線は太棹なのですが、阿古屋が三味線を弾く場面でその方が弾いた三味線は、棹の部分が細く、音色も少し違っていました。

こちらは「とにかく楽しい」演目でした。私が初めて文楽を見た時、琴の演奏に驚きましたが、今回の琴、三味線、胡弓の3つも、まるで弾いているかのよう。手の動きと音の変化がぴったりで驚きました。

畠山重忠の隣で一緒に聴いている岩永左衛門という役の人形のコミカルな動きも楽しくて、場内には時々笑いが流れました。

日本の伝統文化は、とかく敷居が高く思われがちですが、文楽は字幕もついていて、わかりやすい。イヤホンガイドもあります。ここ10年ほど、人気が上がってチケットが取りにくくなっているということも納得できました。

改めて日本の文化の素晴らしさを感じ、心から楽しんだ一時でした。