ここのところ、バッハのフランス組曲2番を練習しています。

バッハは、学生時代、聴くのは大好きだけれど、弾くのは「苦手」と思っていました。

年齢とともに、バッハの音楽はますます魅力的に思うようになり、奏法を学ぶことと併行して、平均律の1巻をずっと練習していました。

根気よく、先生もお付き合いくださったので、平均律1巻のほぼ全部を学んだあたりから、ようやくバッハらしさが自分の身体の中に入りやすくなってきた感覚が出てきて、「苦手」はだいぶ克服しました。

旋律の美しさ

フランス組曲に限ったことではないのですが、バッハの曲の中には、ハッとするような美しい旋律が、そこここにたくさんちりばめられています。

フランス組曲は、演奏が比較的容易な、単純とも言える旋律なのに、その出現頻度が非常に高いと思います。

内声のちょっとした動きの中にも、美しさがあります。ちょっとした動きだからこそ、その美しさをどう表現できるか、という部分には難しさがあるのかもしれません。

奏法を変えたことで、複数の旋律線をもつ、バッハの音楽を立体的に捉えやすくなったと感じています。

外側の音に対して、内側のこの音は、こう弾いてみようか、という引き出しが増えたと感じられるからですね。

複数の舞曲のつながりの美しさ

構成そのものも実によく考えられています。

もちろん、当時の組曲の一般的なパターンが使われていて、緩急などはその中で考えられているとは言え、この舞曲のこの感じの次が、こうなっている!という驚きや感動。

それらが満ちあふれています。特に、2番の場合、私が一番好きなのは、クーラントの後のサラバンド。

クーラントの速いテンポの後の、サラバンドの出だしのなんと繊細なこと。それが表現できるように、伝わるように、ということをしっかり考えて弾いていきたいものです。

好きになることが一番

ふり返ってみると、好きになることが一番たいせつなのかもしれません。バッハは苦手、と思っていた時は、バッハは遠くにありました。

バッハが好き、と思うようになって、バッハに近づけた感覚があります。そこからまた、見えてくるものが変わってきたように思うのです。

演奏とは、その楽曲の中に、自分自身が美しさを発見でき、表現したいと思うからこそ成立するものなのかもしれません。