昨日、ようやく先生のご著書が届きました。さっそく読んでみました。

「第1章 響きの正体」から始まって「第6章 芸術をつくるということ」まで、幅広いテーマで、ロシアピニズムに関するさまざまな内容が書かれています。

今回は、特に第1章・第2章に書かれている内容を中心に、私が再認識したこと、私自身が体験したことをもとにご紹介できたらと思います。

何を目指すのか

 私自身がピアノを演奏することで、何を表現していきたいのだろう?ということを深く考えるようになったのは、ロシアピアニズムを学ぶようになってからのことです。

それ以前も、もちろん考えなかったわけではないのですが、感覚が違ってきたように思うのです。

まだ大野先生のレッスンに行き始めて間もない頃。「その1音に、人生が表れている?」と聞かれ「え?そんな大げさな…。1音で?そんな無理なことを…。」と思ったことを覚えています。

 音楽はただ弾いただけでは聴こえてこない「何か(Something)」を聴衆に聴こえるように演奏する芸術だ。そのために倍音の果たす役割は大きい。 

 その「何か」がなくては、演奏家と聴衆の真のコミュニケーション、作曲家と演奏家の真のコミュニケーションは成立しない。(中略)

 演奏家の使命は、作曲家の書き残したものを手掛かりに、書かれてある以上の「何か」を再現し、聴衆に伝えることなのだから。

「響き」に革命を起こす ロシアピアニズム p.26

当時の、私の演奏には「何か」が感じられなかったのでしょうね。意識もしていなかった。今、この本を読むことで、改めて当時を思い出しました。

今は、少なくとも「何か」を「意識」はしています。それは、倍音で音楽を作っていく重要性を認識できたからこそのことです。

演奏時の感覚について

この本には次のようなことが書いてあります。

 以前は「何かしよう。」という意識が働いていたが、今はまったくそのような意識は持たない。無我の境地に非常に近い。それは、奏法を変えたことにより、どう演奏するかを響きが自然に教えてくれるようになったからだ。それにより頭で考える必要はなくなり、心の赴くままに演奏ができるようになった。

 響きがイマジネーションを豊かにしてくれるのだ。


「響き」に革命を起こす ロシアピアニズム p. 64

 先生のように、無我の境地とはなかなかいかないのですが、「考える」より「感じる」要素が大きくなっていくのも確かです。

ここは、どんな響きで弾いていくと、より美しいだろう?ここは、こういう響きを使ってみたい。

演奏しているときに、そんな感覚になることが増えてきました。そうすると、いつも同じ響きではなくて、その時々によっても変わっていきます。

今日はこんな感じ。今はこんな感じ。日によって、時によって自由度が高まっていきます。「ねばならない」が少なくなる分、自由に自分の心に忠実になる感じがします。

原点を思い出す

今回、このご著書を読むことで、自分の音楽への原点を、また思い出した感覚があります。

今回は、ほんの一部のご紹介ですので、またこの後、取り上げていきたいと思っています。