こんにちは。たうらピアノ教室の田浦雅子です。

私は今現在、ピアノ教室の仕事だけではなく、パートで違う仕事もしています。

その仕事先、コーヒー豆販売兼喫茶店では、毎日、店長が音楽をかけるのですが、今日はフリードリヒ・グルダ(Friedrich Gulda, 1930年5月16日~2000年1月27日・オーストリアのピアニスト・作曲家)の演奏するベートーベン・ソナタ全集でした。

朝から「今日はピアノだ。ベートーベンだ。」とそこまではすぐ分かったのですが、「このピアノは今の楽器なのかな?まさかフォルテピアノではないし。」と思うくらい、音色が均一でした。曲の構造、構成というものは非常によく分かる、素晴らしい、さすが、という演奏だと思います。

ただ、今私が学んでいるロシアの奏法、響きで音楽を作っていく奏法とは、音楽そのもののとらえ方が大分違う、ということは、改めて感じました。

今の私の奏法だと、より、その場その場での変化が大きいと思います。どんな音色のイメージを頭に描いて一音を弾くか。ペダルはどうするか。それを、その演奏のまさに「その」時に自分で選んでいきます。

私が仕事先にいる間は、初期と中期までの曲だったので、今までに弾いたことのある曲が何曲もありました。

何だか大学時代の恩師の声が聞こえてくるようで、いろいろ思い出されました。
「そう言えば、大学1年生の時に最初の8小節だけで、レッスンが終わってしまったことがあった。」とか、
「このテンポの設定、速すぎて一蹴されてしまったっけ。若くて、間が持たなかったのかなあ」などなど、懐かしく思いました。

昨日も少し、ピアノと脳の関係について触れましたが、「ピアニストの脳を科学する」という本によると、

ピアニストがピアノの音を聴いているときには、音を聴くための神経細胞だけでなく、なんと指を動かすために働く脳部位の神経細胞も同時に活動していることがわかりました。(中略)ピアニストの場合、指を一切動かしていないにもかかわらず、ただピアノの音を聴くだけで、指を動かすための神経細胞が活動したのです。

とあります。

この本は、以前読んでいたのですが、今日、グルダの演奏を聴きながら、「ここは、こう手を動かすイメージで弾きたい!」とか、「ここを弾くときには指をこう使ってみたら良いかな。」とか、ピアニストの方たちの練習量にはほど遠い私でも、手の動きが頭の中にイメージされて、「あ、なるほど。」と実感しました。

ベートーベンのソナタの作品の持つ力にも触れられましたし、何だか、幸せな1日でした。