こんにちは。たうらピアノ教室の田浦雅子です。

この年末年始は、少し時間の余裕がありそうです。

これから、来年のレッスン開始までの2週間、できるだけ自分の勉強の時間を増やしていきたいと考え、先日のメジューエワの本を読み進めています。

ベートーヴェンの章を読んでいくと、曲へのアプローチの仕方として、次のようなことが書かれていました。少し長いのですが、引用します。

ベートーヴェンが頭の中でどのような音色を聞いていたのか、どのような響きを求めていたのか、それは誰にもわかりません。想像するしかない。

ベートーヴェンの作品に限らず、一般的な話になりますが、ロシアでは伝統的に、作品のイメージや物語性のようなものからのアプローチを大切にしています。

例えば、このソナタのこの部分はこういうし、こういう文学作品のイメージですとか、具体的な言葉を使ってイメージするんですね。あるいは絵画などの視覚的なものからの連想。

そういうコンセプトを大事にするのがロシアの伝統です。とにかく想像力というものをフルに使う。

(ピアノの名曲  聴きどころ 弾きどころ イリーナ・メジューエワ 講談社現代新書 p87)

同様なことを、先日、松田華音さんが、チャイコフスキーのピアノ協奏曲について「チャイコフスキーのオペラの場面を想像しながら弾く」とインタビューに答えているのを見ました。

日本ではこういうイメージ作りというのは、今までは、あまりしなかったかもしれません。(最近は、こういうイメージ作りをしているメソッドもでてきていますが)でも、この感覚は、とても大切だと思います。

モーツァルトの作品でも、ピアノソナタの中で、この部分は「フィガロの結婚」のあの場面のイメージ、この部分は「コシ・ファン・トゥッテ」のあの場面のイメージ、と感じて弾くと、イメージが具体化していくことが実感できました。

もっとも、この後に出てくるのが、ベートーヴェンのピアノソナタ第32番の第2楽章について、マリア・ユーディナがダンテの「神曲」第33歌を引用して解説している…と続くと、日本人の私としては、かなりハードルの高さを感じてしまいますが。

ただ、ピアノを学ぶ、西洋音楽を学んでいく、ということは、ピアノの弾き方だけではなく、その背後にある文化も含めて出来るだけ吸収しようとしていくこと。それから、当然のことながら、文化的背景をヨーロッパの人と同じように理解することは不可能であり、でも一方で日本人ならではの感性も持っている、それを生かしながら一曲一曲と向き合っていくこと。

丁寧に曲と向き合う「姿勢」を持っていきたい、この本を読みながら、そんなことを考えました。