投げる感覚

昨日は、都内までレッスンを受けに行ってきました。

昨日のレッスンでは「手を鍵盤に投げる」という感覚を教えていただきました。同時に、タッチの工夫についてもまた、教えていただくことで、自分の感覚を更新することができました。

手を鍵盤に「投げる」

先生のブログで、ホロヴィッツやアルゲリッチのやっていることとして、「手を鍵盤に投げ」ていることを挙げています。

支えるべき所は支えているが、同時にそれ以外の部分は脱力して固めていない。それどころか、手を鍵盤に投げている。一般的な奏法は鍵盤に手がしがみついているが、それとは真逆。自由に投げて、つじつまを合わせている程度のコントロールの仕方だと思う。

大野眞嗣「ロシアピアニズムをつぶやく」6月20日「投げる」より

この「投げる」感覚で弾こうとすると、今までよりもさらに高いポジションに手を置いて、そこから弾くときだけ降りてくる感じになります。

実際にやってみると、ポジションを上げているつもりだったのですが、まだ低かったことがつかめてきました。

さらに、手首を上げる時、手首の下側の筋肉を使って下から支えて上げるのか、上側から引っ張って上げるのか、という身体の使い方の違いでも、響きは大きく変わってきます。

私の場合、速いテンポになるとどうしても上から引っ張っている身体の使い方になってしまいがちです。

見た目の位置は同じようであっても、上から引っ張って手首の位置を上げる身体の使い方をしていると、響きが薄いものになってしまいます。

昨日もクーラントでその状態になり、テンポを落として落としてゆっくり弾くことでようやく感覚がつかめてきました。

タッチの工夫

同時にタッチの工夫についても、改めて学ぶところがありました。

アルマンドとクーラント。舞曲の性格の違いをはっきりさせるためにタッチを大きく変えていく。

クーラントでは、ホロヴィッツが多用する指を伸ばしたタッチを使っていくことで、音の性格が変わり、軽快な感じが出てきます。

実際に先生が弾いてくださって、イメージをはっきりとつかむことができました。

自分で弾いてみると、コントロールが難しい。手の内側の筋力が違うので、思うようにいかず、ストンと落ちてしまったり、響きが思うほど上がらなかったり、とちょっと時間がかかりました。

音楽に対する姿勢

レッスンで先生と話していたり、弾いていただく一節から、芸術に真摯に向き合い、ピアノを心から愛していることが伝わってきます。

だからこそ、同じ曲をいろいろなタッチで弾き分けたり、さらにどんな工夫があるのだろうか、と考えることができる。

レッスンに行くことで、ロシアピアニズムを学ぶだけでなく、音楽への姿勢やピアノへの愛情に触れ、影響を受けていることを感じます。

音楽という芸術の広さ、深さを、より感じることができます。

「僕自身、アップデートしているからね。」と昨日もおっしゃっていましたが、先生のアップデートについていくことで、私自身もアップデートし、自分の音楽を深めていきたいと考えています。

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