ムーティの「リゴレット」リハーサルを聴講してきました

昨日は、上野の東京芸大で今行われている、リッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミーin東京」のリハーサルを聴講してきました。

午後からレッスンがあったのですが、知った時期が遅く、この日しか空いていませんでした。午後からレッスンなので、1日聴講券なのに、午前中のみで帰ってきたのは残念でしたが、それでも、「行ってよかった!」と心から思いました。

慌てて帰ってきたので、写真がないのですが、上野は桜もきれいでした。

作りたい音楽のイメージが明確

もちろん、出来上がった音楽を聴いてもそれはよく分かることであり、当然のことでもあります。

確かに、オーケストラのたくさんの楽器とそれを演奏する人すべてを一つにまとめ上げていくわけですから、自分の頭の中にはっきりとしたイメージが描けていないとそれができるはずもありません。

でも、実際にリハーサルを聴いていると、いかに細かい部分まで、音楽のイメージが明確に意識できているかが、伝わってきて、まずそのことに「すごい!」としか言いようのない思い出した。

例を挙げると、歌手の発音の一つ一つ、すべての楽器の音色、音の出るタイミング、音の長さ、同じ1拍をどう感じていくのか。書ききれないほど、まだまだたくさんありました。

そういう細かい部分が集まって、フレーズとなり、そのフレーズが集まって曲になり音楽になっていく。

細かいところまではっきりとイメージができているからこそ、美しい音楽の流れができているのだということ、何かをおろそかにしてはいけないのだということ、それがよく分かりました。

その背景に、ムーティのオペラに対する考え方・ヴェルディに対する考え方があるのは言うまでもありません。ものすごい量の楽譜を読み込み、文献にあたり、その結果として今、そこにある1フレーズの表現が明確になっている、その厚みが直に伝わってくる感じでした。

伝える力の素晴らしさ

そのイメージを伝える力の素晴らしさも感動するほどでした。さまざまな比喩表現の巧みさ。歌を歌い、リズムを取り、具体的に「こうではなくてこう」と示していきます。

私でもわかるくらい、その対比がはっきりしていましたし、「蛇のように」と言われると、その音形の持つイメージがよりはっきり分かりました。

時にユーモアをまじえ、時に厳しい言葉が出ることもあります。18世紀の歌手の話が例にあがってきたこともありました。

そういう指摘を受け、オーケストラの演奏も、歌手の演奏も変わっていきます。楽譜に書き込む時間もない中で、それを自分のものにしていかなくてはならないオーケストラの人たち。これもまたすごい、と思いました。

それにしても音楽はすばらしい

改めて、「音楽はすばらしい」と思います。歌手の方たちはいろいろな国から来ています。オーケストラは今回、特別に編成された日本人によるもの。イタリア人の指揮者のもと、一つの音楽を作り上げていきます。

聴いている私達にとって、イタリア語はなじみのない言語。それでも、歌を通して、音楽を通して「何か」が心に直接伝わってきます。

もともとオペラが大好きで、だからこそ今回「絶対に行きたい」と思って行ってきました。結果として、ほんとうに素晴らしい時間となり、とても多くの学びを得ることができました。

今度は、それを自分の音楽に、演奏に生かしていく番です。昨日の感動を胸に、また練習していきましょう。

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