「2018年 1月」の記事一覧

2018.01.11

腕の重みを100%ピアノの鍵盤にかける練習

こんにちは。

先日のレッスンで学んだことを生かし、今、「とにかくゆっくり練習する」ことを心がけています。16分音符が2分音符くらいになるように2小節くらいをひとまとまりに何回も弾くようにしています。

そうすることで、ピアノの鍵盤に腕の重みを100%かけた状態を作っていくわけですが、その過程でいろいろ気づくことがありました。

100%の重みをかけるためには、肩やひじで重みをささえてしまわず、手首、手のひらの内側まで重みが伝わるようにしていく必要があります。これが意外に難しいのです。

まず、私の場合は、どうしてもひじで支えてしまうくせがあります。これは、今の先生のところに行くようになってから意識して直そうとしている部分で、できてきた「つもり」でした。確かに以前よりは良いと思います。でも、ゆっくりと弾いているいるうちにまだ不十分であることがわかってきました。

同時に、「ひじ」を意識すると今度は肩に力が入って、肩で重みが止まっていることにも気づきました。肩ももっと内側に入れる感覚で重みをかけていくと、今までよりも、手に重みがかかってきます。

結局のところ、100%という基準そのものが、姿勢によって大きく変わってくる、ということを改めて意識することになりました。今まで100%だと思っていたものが、実はそうではないということ、それが分かった訳です。

 

もう一つは、そうやって100%腕の重みをのせようとすると、今度は、力をどの方向に抜いていくのか、ということも重要になってきます。

ついつい力が外に抜けていることにも気づきました。もちろん音型にもよるのですが、もっと鍵盤の奥の方向に力を抜いていくほうが重みがのりやすいことにも気づきました。特に親指の時がそうです。

外に力が抜けると、ひじが開き、ひじが開くと重みはひじで止まってしまう。全部つながっています。

 

きちんと重みをのせた練習の後に本来のテンポで弾くと、確かに安定してきます。トリルもきれいに入るようになってきます。

まだまだ課題は無限にでてくるわけですが、「ゆっくり練習」を積み重ねて、今の私なりに軽やかに、優美に、繊細に、モーツァルトの良さが生きる演奏にしていきたい。昨日のメナヘム・プレスラーの言葉、「演奏者は音楽の言葉を聞かなければならない。」を胸に、モーツァルトの言葉に耳を傾ける意識をもちつつ、練習していこうと思います。

 

2018.01.10

94歳のピアニストの言葉

こんにちは。

1月7日のクラシック音楽館の後半で、94歳のピアニスト、メナヘム・プレスラーのマスタークラスとインタビューが放送されました。

自宅にはテレビはないのですが、録画したものを見せてもらうことができ、その音楽に対する姿勢に感銘を受けました。

まず、ドビュッシーの「月の光」の演奏が紹介されていたのですが、弱音の中にある表現の繊細さ。1音1音に対して「こういう音を出したい、こういう音楽を伝えたい」と思いを込めて演奏している様子が伝わってきました。

番組全体から学ぶべきことがあまりにも多かったので、いくつかに絞ってご紹介します。

シューベルトのピアノ三重奏第1番をレッスンしている様子があったのですが、ある部分で、プレスラー氏はピアニストに対して、そこについている強弱記号を質問し、「ピアニッシモです」との答えの後、もう一度弾くように言いました。ピアニストは細心の注意を払ってピアニッシモを弾いたと思います。

それに対して「その音はピアニッシモじゃない。アタック音が入っている」との指摘。続けて「ピアノをなでるように。」と手の使い方を示していました。プレスラー氏の手は、手の内側の筋肉を使ってピアノの鍵盤をなでるように動いていました。

ただ、その動かし方は日常的にそこを使う習慣があって、筋力がないと難しい。やはりその後も、頑張っているのだと思いますが、ピアノからはコツンという固い音が聞こえてきてしまいます。「ピアノをたたかないで。なでるように。」と重ねて言っているプレスラー氏。

ピアニッシモは強弱を示すだけではなく、さらにその中の音色のイメージを伴うもの。そこの弾き分けはやはり難しい。でも、だからこそ、ピアニッシモに限りませんが、1音1音の質を意識していくことの重要性を改めて思いました。

 

インタビューからも彼の音楽に対する姿勢が伝わってきました。

「音楽が語らなければならない。演奏者は音楽の言葉を聞かなければならない。音楽で語ってほしいのです。細心の注意を払って。」

「ただ音符を弾くだけでは意味がありません。座って音を弾くだけなら誰でもできる。」

「指で語る、それでこそ意味のある演奏なのです。」

 

ご自身が自分に対する一番厳しい批評家だと言っていたプレスラー氏。5歳でピアノを始め、94歳まで厳しい姿勢でピアノに向き合い続けている生き方。ただただ「すごい!」としか言いようがありませんでした。

同時に、私自身も音楽に関わる以上は、私なりの「指で語る」を目指していこう、という勇気も持てた番組でした。

2018.01.09

いかに持ち上げるか

こんにちは。

昨日は、今年最初のレッスンに行きました。

モーツァルトのソナタを弾いたのですが、響きのある音をつくるために、手全体をいかに持ち上げるか、という意識で弾くことが重要だと言うことを学んできました。

前回の暮れのレッスンを受けて気づき、年末年始の間に自分なりに練習をして「今までよりも手のポジションを上げることが必要」と思って、上げたつもりではいました。

16分音符の細かい動きの中で、同じ音型が2度くり返される部分。1度目は強めに、2度目は弱めに弾きたい。ついつい、手は同じポジションに置いたままで、指先でコントロールしようとしていました。

先生から「指でコントロールするのではなく、手のポジションを上げることで強弱をつけてみて」「指(第2関節から先)は基本的にいつもかわらない、もっと弾かなくていいです」と指摘していただいて、同じ部分を弾き直してみると、響きに厚みが出て、上に上がってくる感じがします。

そうすると、今度は音が抜けてくる部分が出てきてしまいます。それは、「練習の時に、腕の重みを100%のせた状態でゆっくり練習する」ことが大切です。まず、100%のせた状態を身体に覚えさせ、そこから持ち上げていき、どこまで持ち上げられるか。それによって音の強弱の幅が決まってくるわけです。

その前の、「デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲」のトレモロの音型の時にも、「まず下げる。そこからスタートしてどこまで持ち上げられるか。」ということを言っていただいたのですが、両方合わせて、目指すイメージがよく分かりました。

一般的な奏法だと、いかにピアノの鍵盤を押すか、ということに意識がいきますが、この奏法の場合は全く逆であり、まず一番下のイメージを作った上で、いかに持ち上げるかという意識で弾いて音を、響きを作っていく。

そのためには、手首の下・指の付け根の筋肉が、コントロール可能な、支えられるような状態になっている必要があります。

また手と指の筋トレをしつつ、100%腕の重みをのせてゆっくり練習し…と地道に取り組んでいきます。

言葉だけではこういう感覚は伝わりにくいのも確かです。実際に手がかわり、弾き方がかわり、響きがかわることを聞き分けていく、レッスンの中ならではの大きな学びでした。

2018.01.08

二十歳になった教え子たちとの再会

こんにちは。

ピアノと全く関係のないお話ですが、とてもうれしかった出来事です。

今日は成人の日ですが、昨日、私がかつて中学校で教えていた時、担任した生徒たちの成人式と同窓会がありました。

20歳になったかつての教え子と再会。とても楽しいひとときでした。

最初のうちはよそゆきの顔をしているし、男の子は顔の輪郭がシャープになって、髪の毛も伸ばしているので(中学校時代はスポーツ刈りが多かった)、女の子は髪型もメークも華やかになっているので、誰なのかはなかなかわかりません。

でも、しばらくたつと中学校時代の表情が出て来るとあんなこともあった、こんなこともあったとかつての思い出もいろいろ出てくるし、今頑張っている話もたくさん聞けました。

手紙を取りに行く係なのに、帰りの会に間に合わなくて閉め出された話。それは、あまりにも毎日、帰りの会に遅れたからでしょう。

漢字のプリントの宿題が間に合わなくて、友達に書いてもらった。丁寧に書くとばれるから雑に書いて、と頼んだ話。どおりでいつも字が汚いわけです。確かに丁寧に書くとばれますね、誰の文字なのかは分かっていましたから。

「看護学校の寮に入って、病院の仕事もしながら勉強しています。」「経済学を学んで、今はマクロ経済を勉強しています。」「土木を学んでいて、世界に仕事場があると言われています。」「地域経済学を学んでいます。これからの社会のあり方は先生によってもビジョンが全然違います。」「パティシエの学校に行って、就職が決まりました。」「自衛官になりました。」「工場で車の部品を作っています。」「結婚しました。今は実家にいるけど、これからお金を貯めて独立します。」「大学の部活で絶対レギュラーになる。」等々。

家から出て暮らしている子たちは、みんな口をそろえて「親のありがたさがよくわかった。」と言っていました。当たり前のように、食事を作ってくれて洗濯してくれて。そういうことのありがたさ、大切さを実感して感謝しているそうです。

帰り際に「みんな、柔らかくなった感じがします。」と言った子がいましたが、それはその通り。逆に中学校時代は一番とがっている時代ですから。だからこそ、思いっきりぶつかるし、その中で大きく成長する時代でもあります。

人を育てる仕事に関わっているからこそ、味わえた一時でした。

2018.01.07

保護者のピアノ経験をお子さんに生かすために

こんにちは。

ここのところ、寒さが一段と厳しくなってきましたね。

 

お子さんにピアノを習わせるご家庭の保護者の中には、ご自分もピアノをお弾きになった経験のある方がたくさんいらっしゃいます。

私がうかがった限りでも、「中学校の時、合唱の伴奏を弾きました」という方もいらっしゃいましたし、逆に「私は小学校の間ずっと習っていたのですが、好きではなくて上達しませんでした。」という方もいらっしゃいました。

お子さんにとって保護者の方が経験者であるということは、とてもありがたいことです。

まず、多くの場合、身近に音楽に親しむ環境が既にあるということです。例えば、ピアノ演奏のCDがあったり、お父さまやお母さまがかつて弾いた楽譜があったり。これはどんな曲なのかな?と興味関心を持つきっかけになります。

2つ目にはお子さんのピアノのサポートができるということです。特に、お子さんが小さいうちは、先生のところで習ってきたはずなのに、家に帰るとよくわからなくなっている、ということもよくあります。

そういうときに、ご家庭の中で教えてあげることができます。

また、レッスンの様子を見ていて、このリズム打ちがよくできないな、ということに気づくことができて、お家で練習の回数を増やすこともできます。

 

一方、「親」の立場でお子さんにアドバイスをする時には、親子ならではの難しさがあります。

1つは、先生の意図とお父さまお母さまのかつて学んだ経験との間にずれがある時。音符の読み方やリズムなどは、そう違うわけではありませんが、手の使い方、姿勢、教本の進め方などは、教える側にも、教わる側にも個人差が出てくるところです。

私の場合は、レッスンを見ていて、何か疑問に思った時には、ぜひ意図を聞いていただきたいと思います。特に、ロシアの奏法は、日本での一般的な奏法と異なる部分があるので、遠慮なく質問していただきたいと思います。

もう1つは、成長してきたら(個人差もありますが、小学校の4・5年生くらいからでしょうか)、お子さんがアドバイスをいやがるようになってくる場合が多い、ということです。その時には、「聞かれたら答える」というスタンスに徹するということが大切です。

私の場合は、ピアノではないのですが、やはり経験があります。中学校に入ったとたん、息子が作文を全く見せなくなりました。

夏休みの宿題は、封筒があって夏休み中でも提出できるシステムだったらしいのですが、ある日「宿題の作文は?」と聞くと「もう提出した。そろそろお母さんに聞かれると思ったから。見せると何か言われるし。」と言われました。

高校2年生くらいから、書いたものに対してまた意見を聞かれるようになりましたから、自分がそれなりに自立した実感が持てるまでは、距離を置きたいものなのだな、ということの良い経験になりました。

親としては、「こうすればもっと上達するのに」という思いで言いたくなるのですが、そこはお子さんの成長の過程ということでぜひ見守っていきましょう。

逆に経験者のお父さまお母さまであれば、お子さんのレッスンをきっかけにご自身がまたピアノを弾かれると、お子さんにとっても良い影響が出てくると思います。

年長さんの成長を実感

こんにちは。

小さいお子さんの成長というのは本当に目をみはるものがありますね。

昨日レッスンした保育園年長の生徒さん。もうじき1年生になります。

去年の暮れにたった1週間でぐんと成長したと感じた時がありました。それまでと比べ、落ち着いて話が聞ける時間が長くなり、集中力が高まったと感じたのです。

付き添いでいらっしゃったお母様に「とってもお姉ちゃんになりましたね。先週と全然違います。」とお話ししたところ、「就学時健診があったからかな。」とおっしゃっていました。

その後も、お姉ちゃんぶりはますます進化。ごあいさつも、「お邪魔します。」など、大人びたバリエーションを覚えて、言えるようになり、時々こちらがぴっくりすることもありました。

ピアノの面で大きいのは、注意すべきポイントを私が言った時に、本人の中にそれが入っていく感じがこちらにも伝わるようになってきたことです。

以前は、手の形や音の出し方について話しても、本当にその場で終わってしまい、2回くり返すと、2回目には元に戻ってしまうことがよくありました。

でも、昨日は指の付け根の関節を指して、「ここのぐりぐりが出るように弾いてね。」と話したあとに弾いたとき、「ここのぐりぐりがでるように弾けた。」と言ったのです。自分で課題意識を持って弾き、それを自己評価できるようになったのだなあ、とうれしくなりました。

間違えてしまった所の練習も、できるまで何回もくり返して頑張りました。

ピアノの個人レッスンの良さは、一人一人の成長に合わせてきめ細かく見られるところにあります。生徒さんの成長する様子を、お家の方と一緒に見ることができて、本当に幸せに思いました。

2018.01.05

一見、ゆっくりに見えても

こんにちは。

昨日から2018年、今年のレッスンが始まりました。

冬休みでお出かけしている生徒さんもいるので、通常モードにはまだなっていませんが、レッスン室にはお子さんのピアノの音が聞こえ始めています。

昨日、レッスンに来た小学校高学年の初心者の生徒さん、今まで中指1本だけ使っていたのですが、12月の最後のレッスンで、同じ曲を人差し指1本でと薬指1本で練習するように、宿題を出していました。

弾いているところを見ていますと、中指はずっとやっていたので、支えの感覚がつかめてきている感じがします。

人差し指と薬指は、まだちょっとぎこちない感じでした。本人も「中指は弾きやすいけど、他の指はまだ弾きにくい。」と言っていました。

「中指で弾く時と同じイメージを持って。」と言って、さらに具体的に何点かアドバイスすると、すぐに変わってきました。同時に音も柔らかくなってきました。

 

現在私が学んでいる、そしてレッスンで教えている奏法では、指の第2関節から下と、手のひらの内側の指の付け根に近い部分の支えがとても重要です。

初心者の方にそれをわかっていただくために、最初は、中指1本で練習していただいています。これは、日本の大手楽譜出版社から出版されているロシア奏法の教則本の導入部分にも共通しています。

中指を使って、ある程度感覚がつかめてから、人差し指と薬指。5本全部使うのはその後になります。

私の場合、まず中指だけにするのには、もう一つ理由があります。

お子さんの場合、音符を読まずに指番号だけ見て、3の指はミ、2の指はレと弾いている場合があるのです。全部同じ指では、音符を読まなければ弾けません。

 

先ほどの生徒さん、とても譜読みに慣れるのが早くて、1ヶ月半で、ト音記号・ヘ音記号ともに、今の教材に出てくる音符をすらすら読めるようになっています。

ですから、単に5本の指を使って音を出していく、というだけなら、もっともっと進度は速くなります。

でも、後々のことも考えて、より美しい音で、より楽に弾けるようになるために、今の進度はゆっくりでも、手の使い方を学び、音の出し方を練習していきましょう、と付き添いでいらっしゃった保護者の方にもお話ししました。

2018.01.04

ピアノを置く環境

こんにちは。

今日は仕事始めですね。

ここのところ、晴天が続き、空気が乾燥しているので、除湿機も止まっていることが多いです。たまに加湿器が動いていたりします。

今のレッスン室、ピアノのある部屋に除湿機を置くようになって3年になります。

実は、それまであまりピアノを置く環境について気にかけていなかったのですが、3年前は夏の終わりに調律していただきました。それから1ヶ月たち、台風が来たり、秋の長雨があったりと湿度の高い日が続きました。

すると、何だか雑音が混ざる気がするのです。金属的な音というか、何か違う音が聞こえてきます。日によっても違いますし、最初は大丈夫と思って弾き始めても1時間くらいたつと聞こえてくるというように、1日の中でも聞こえるタイミングは違ってきます。

とうとう調律師さんにもう一度来ていただきました。フェルトが弦をたたく部分は本当にまっすぐの状態ではないので、そういう雑音が混ざる場合があるとのこと。ただ、それを完全になくすことはできないし、なくそうとするとまた別の不具合が出てしまうとのことで、丁寧に調整し直していただきました。

ただ、調律師さんとの日程を合わせ、待っている間にピアノの置いてある環境について、もう一度意識してみました。まず温湿度計を買って、ピアノの横に置いてみました。

驚いたことに湿度が70%を超えることがたびたびあります。場合によると80%とか。驚いてあわてて除湿機を買って、部屋の隅に置くようにしました。

これは湿度50%に設定し、それを超えると自動で動いてくれます。実際に使ってみると、キッチンでお湯を沸かすだけで、すぐ運転し始める状態でした。

おかげで、それ以来はトラブルはなくなりましたが、ピアノを置く環境にはもっと気を遣うべきだったと反省しました。

リビングにピアノを置いているご家庭も多いかと思います。一度温度湿度を測ってみてはいかがでしょうか。

2018.01.03

より音を響かせるための身体の使い方

こんにちは。たうらピアノ教室の田浦雅子です。

前回レッスンに行った時に、先生が最近気づいたことを2点、教えていただきました。

そのうちの一つ「指の付け根の筋肉と、手のひらの筋肉を寄せる」は、意識しやすかったのですが、もう一つの「手首の下から脇まで1本の線が通っている感じ」は、言葉は理解できたものの、体感的にあまりはっきりは分かりませんでした。

昨日、弾きながら、いろいろ試しているうちに、ふと「こんな感じかな?」とつかめてきました。

この奏法だと、基本的にひじは身体に近い位置、そして、手はピアノの鍵盤に対して逆ハの字に構えます。

それは分かっていたつもりでしたが、「手首の下から脇まで1本の線が通っている感じ」を意識すると、今までよりももっとひじが身体に近づきます。逆ハの字の手の形も、今までよりももう少し外側を向きます。

その体勢で連続した音を弾くためには、手首をかなり柔軟に使う必要があるということも分かりました。

同時に、肩からあるいはひじからの重みが今までよりもかかっていきますから、音をコントロールするために、手のひらの内側の支えをさらにしっかりさせていく必要があります。

実際に音を出してみると、響きが上にもあがりますが、ピアノの鍵盤の下にも広がる感じがします。レッスンの時にもある程度はわかりましたが、昨日のほうが自分でも、もっとよくわかりました。

上にあがっていく軽い明るい響きと、上にあがると同時に下にも広がる深い響き。鍵盤のどこをねらうかによって音は変わってきます。

モーツァルトの変奏曲を弾くときに、変奏によって、あるいは一つの変奏の中でも、部分によって、もっとはっきりと聴き手にも伝わるように弾き分けをしていくことが課題ですが、昨日は少し前に進んだ気がしました。

変奏曲のほうは、大分長く弾いているので、実験するには分かりやすくて良い状態です。同時に練習中のピアノソナタ18番はまだまだなので、なかなかそこまでいっていません。そちらのほうがフレーズごとの音の変化をつけていくための良い教材になりそうです。

自分の音が変わっていく、より響くようになっていくことで、音楽のとらえ方も大きく変わっていきます。また一つそれを実感して楽しくなってきました。

2018.01.02

歌声とピアノの音色

こんにちは。たうらピアノ教室の田浦雅子です。

ロシアのピアニズムは、「歌う」ということをとても大切にします。メジューエワの本にも、よく出て来ました。

ピアノでも「歌う」、という言葉。

 

紆余曲折を経て、私がロシアピアニズムに魅力を感じるのは、私が声楽、特にオペラが好きだからかもしれません。

 

これは、最初にオペラを見たときの体験が大きいです。

私が実際にオペラの舞台を初めて見たのは、大学1年生の時。ミラノのスカラ座の引っ越し公演。フレー二がミミを歌う「ボエーム」でした。まだ、字幕もない頃で、行く前に何度も何度もレコードを聴き、対訳とボーカルスコアを見比べ、時に訳を楽譜に書き込んで、一生懸命予習をして行きました。

もう、その舞台のすばらしいこと。ロドルフォたちの住むアパルトマンのわびしさと、クリスマスの広場の豪華さ。一転して3幕の別れの場面のシンプルな美しさ。

歌手たちの声の美しさ。演奏のすばらしさ。もう、とにかく圧倒され、本当に感動し、世の中にこんな美しい、すばらしいものがあるのかと思いました。

特にフレー二の歌声は圧巻でした。特に弱音には、こんな小さい音がどうしてここまで(5階一番はじの学生席でしたから)聞こえるのだろう?という思いでいっぱいでした。しかも、その弱音のなかに表情がありました。

あれほどの感動は、人生の中でもそうはない、というくらいのものでした。今でも、私にとって一番好きなオペラは、やっぱりボエームなのです。

 

弱音でも届くというのはピアノも同じで、響く音であれば、弱い音でも通るのです。

そのことを学んだのは、今の奏法に変えてからでした。

最初の頃、よく「もっと小さい音で。」と先生から言われていました。「今くらいの音でも、十分客席の後ろまで届くから。」とも。

ピアノではあっても、フレー二のミミのあの歌声、あの表現のイメージに少しでも近づきたい、一つの遠い目標ではあります。